宗像の遺跡,古墳

宗像,遺跡|いせきんぐ宗像,田熊石畑遺跡

 

良く通る道なのでいつか行ってみようと思っていたのですが1年以上行くとこはありませんでした・・・散歩がてら行ってきましたので簡単なレポをお届けします。

いせきんぐ宗像とは・・・別名を「田熊石畑(たぐまいしばたけ)遺跡歴史公園」と言います。

いせきんぐ宗像のキャッチフレーズは「宗像人のルーツ、弥生のキングが眠る丘」

宗像観光スポット(国指定の遺跡)です。

アクセスはあまりよくないので東郷駅でレンタルサイクルを借りて宗像の街並みをサイクリングしながらいせきんぐ宗像を訪問するのもアリですね!いせきんぐ宗像には歴史資料が揃ってますので少しでも興味のある方は、一度足を運んでみてください。

訪問日,2018年12月18日

駐車場は30台くらいです。上記時間内であれば施錠されてませんので自由に入れます

施設内に入ってすぐにトイレがあります。

敷地内はかなり広いです。道路からは敷地内は見えませんので、こんなに広い土地だったとは全く分かりませんでした。散歩にはちょうどいいですね。

ペットの散歩はOKみたいです。マナーはきちんと守って利用しましょう。

環濠(かんごう)~田熊石畑遺跡のはじまり~

「環濠」を辞書で調べると・・・周囲に堀を巡らすこと。堀で囲むこと。とあります。

環濠とは・・・弥生時代の集落や貯蔵穴などを囲む溝の事です。

朝鮮半島の影響を受け、弥生時代早期(紀元前4、5世紀)より北部九州で作られ始め、近畿や関東地方までに広まります。環濠集落は、人々の住む集落や地下に掘られた穴倉である貯蔵穴などを外敵から守るためにつくられました。ここでは集落を囲むものを「環濠集落」、何を囲んだのかわからないものや貯蔵穴専用のものを「環濠遺跡」と呼ぶことにします。

推定船着場・・・環濠の南陸橋のすぐ外側に浅い谷部がある事が確認されました。遺跡の東側を流れる松本川の川岸がここだけ遺跡側へ入り込んでおり、船着場の存在が確認されております。

当時、河川を通じ船で運ばれた物資は直ちに環濠内へ納められたと考えることもできます。付近からは朝鮮半島の影響を受けた朝鮮系無文土器や網漁で使う土錘(網のおもり)が出土しており、交易や漁の拠点でもありました。

貯蔵穴(ちょぞうけつ)~弥生時代の地下倉庫~

「貯蔵穴」を辞書で調べると・・・食料などを貯えておくために掘られた穴。とあります。

貯蔵穴とは・・・貯蔵穴とは、地下を掘って食料や器物などを貯蔵・収納する穴倉のことで、弥生時代前期から中期にかけて乾燥した台地の上に数多くつくられました。入口は狭くなっていますが中に降りると広く、ちょうどフラスコのような形で袋状竪穴とも呼ばれます。

大きさはさまざまですが、直径1.5~2m・深さ1.5~2m程度が平均的です。また、素掘りのままでは雨が降りこむため、出入り口には屋根がかかっていたが、板などで蓋をしていたものと推定されます。

掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)~ムラの財産を守る倉庫群~

「掘立柱建物」を辞書で調べてみると・・・地面に穴を掘り、そこに柱を立てた建物。四すみとその間に柱を立てますから、建物のあったところには四角形に柱がならびます。

掘立柱建物とは・・・地面に穴を掘り、そこに直接柱を立てる日本の伝統的な建物です。縄文時代か存在し、地面を床とするものや梯子(はしご)を使って内部に入る高床式があります。

三重県伊勢神宮の正殿も伝統的な掘立柱建物で、20年ごとにまったく同じ形に建て替える遷宮が行われています。

竪穴住居(たてあなじゅうきょ)

「竪穴住居」を辞書で調べてみると・・・大地を掘下げ、住居の床の部分を地表面より低くした、半地下式の住居をいう。日本では、縄文時代早期から古墳時代までは普遍的に使われ、一部では近世にいたるまで続いている。とあります。

竪穴住居とは・・・地面を堀りくぼめ、屋根をかけた半地下式の原始住居で、おもに弥生時代から古墳時代にかけての一般的な住まいの様式です。

平面形(上から見た形)には大きく分けると円形タイプと方形タイプがあり、弥生時代前期は円形ですが、後期頃には方形へと移り、古墳時代は方形が一般的となります。

区画墓(くかくぼ)

区画墓とは・・・溝や盛り土によって周りと区画された有力者の墓域のことで、田畑石畑遺跡とほぼ同時代の弥生時代中期では吉武高木遺跡(福岡市)や板付端遺跡(福岡市)、吉野ケ里遺跡(佐賀県)などが知られています。

田熊石畑遺跡の区画墓

弥生時代中期前半から中期(紀元前2世紀頃)に営まれた区画墓です。上部を削られているため墓域を区切る溝や墳丘は不明ですが、墓群は東西8m×南北13mの方形区画内に整然と配置されているため区画墓と認定しています。木棺墓は調査範囲内で木棺墓9基を確認し、うち6基を調査した結果、すべてから貴重な武器形青銅器が出土し、北部九州でもトップクラスの有力者集団が眠る墓域であることがわかりました。なお、この区画墓は全体の2分の1程度しか確認されていないことから墓の位置だけを表示し、全容が解明されてから本格的な整備を行う予定です。

桜の木

これを撮影したのは2018年12月なので来年の桜の時期に撮影にこれたら撮ってきますね。

参考資料

いせきんぐ宗像,パンフレット

いせきんぐ宗像,インフォメーション

住所

福岡県宗像市田熊2丁目2-13

電話

0940-37-0182(FAX兼用)

閉園日

なし

駐車場

無料 57台 大型バスは多目的活用広場に駐車可(要連絡)

駐車場・トイレ利用時間

7:00~19:00(04月01日~09月30日)

7:00~18:00(10月01日~03月31日)

案内管理室

無料ガイド受付や利用相談、問い合わせの窓口。

9:30~16:30(12月29日~01月03日は休み)

いせきんぐ宗像,周辺地図

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