宗像の遺跡,古墳

宗像,遺跡|平等寺瀬戸遺跡

宗像の平等寺にある平等寺瀬戸遺跡に行ってきました。最寄りにバスも電車もありませんので県外から来られるならタクシーが一番いいかと思います。市内の方でも遠くに駐車にして徒歩で近づく方法がいいかと思います。何故かと言いますと。自家用車では遺跡に近づけないんです・・・県道から徒歩で5分くらいでしょうか。

訪問日,2019年03月30日

今まで見てきた宗像市の遺跡で一番インパクトがありました。とてもきれいな状態で残ってますので一見の価値アリかと思います。

石室内もとてもきれいに残されています。

平等寺瀬戸遺跡とは

平等寺瀬戸遺跡とは宗像市東部城山の麓に位置し、標高40m前後の丘陵上にある古墳時代(約1400年前)の遺跡です。この遺跡からは円墳2基、長さ1m前後の小規模な埋葬部をもつ小型石室墓5基、竪穴を掘って埋葬後に木の蓋をし、その上に石を積み上げた積石土壙墓1基の合計8基の古墳が見つかりました。

付近には平等寺原遺跡や平等寺向原遺跡があり、この一帯には100基を超す古墳が集中しています。ところが、平等寺瀬戸遺跡は広い墓域をわずか2基の円墳と数基の小墳墓が独占していることから、この古墳には周辺の古墳に葬られた人々を束ねた地域首長が葬られたと考えられます。

豪華な副葬品

2基の円墳のうち、西側の1号墳からは多くの豪華な遺物が出土しました。出土遺物には武器、馬具、工具、装身具があります。特に馬鈴は高さ12cm、径8cmあり、国内最大級の大きさです。

”石棚”をもつ石室

平等寺瀬戸遺跡1号墳は、石室内に石棚といわれる特殊な構造をもっています。この石棚をもつ古墳として、宗像市内では他に相原古墳があり、九州内では浮羽市や八女市、宇城市の周辺地域に集中しています。これらの古墳が造られたのは、527年に九州の豪族磐井氏が起こした大和政権に対する反乱である「磐井の乱」後の時期であることから、磐井の勢力が衰退したのち、大和政権に同調した地域首長たちの墳墓という説があります。他にも、近畿地方に石棚をもつ古墳があるため、畿内から九州に来た有力氏族の古墳という見方もあります。

参考資料

海の道むなかた館,配布資料

問い合わせ

〒811-3504 福岡県宗像市深田588

電話番号 0940-62-2600

開館時間 9:00~18:00

休館日 月曜日

ウェブサイト http://d-munahaku.com/index.jsp

平等寺瀬戸遺跡,アクセス

8114142 福岡県宗像市泉が丘1-5-33

あわせて読みたい
宗像,遺跡|東郷高塚古墳宗像にある東郷高塚古墳に行ってきました。今ではイノシシ,マムシが出没するので立ち入り禁止になっています。中には入れませんが、外観だけでも...
あわせて読みたい
宗像,遺跡|久原遺跡,久原澤田古墳群,久原瀧ヶ下遺跡この古墳群は、昭和60年から昭和61年にかけ、宗像ユリックスの建設にともなって発掘調査された久原遺跡(くばらいせき)の一部です。全長45...
あわせて読みたい
宗像,遺跡|いせきんぐ宗像,田熊石畑遺跡 良く通る道なのでいつか行ってみようと思っていたのですが1年以上行くとこはありませんでした・・・散歩がてら行ってきましたので簡単なレポ...